今朝のC58は、アノ C58 231号機です。

あの陸羽東線の迂回急行「津軽」を牽引したことでも有名になった罐です。

場所は関西本線の柘植の駐泊所。
普段は草津線の後部補機として貴生川まで行き、そこから信楽線に入る運用のハズが、ここで遊んでましたw

C58231,D51841柘植支区

しかし、当時は紀伊田辺から転属したばかりで、潮風を浴びて煙室戸のザビが酷い感じですね・・・・

C58 231 号機は昭和15年5月に新製され竜華、そして紀伊田辺へ移動し戦中戦後を過ごします。
昭和29年に和歌山国に転属し10年後の昭和39年に再び紀伊田辺。
昭和46年度末に亀山区に移動するも翌年10月に小牛田区に転属しました。

迂回急行津軽の存在はこちらのサイトにアップされております。
http://kumanotaira-mura.travel.coocan.jp/tetsudou-rikuto.htm

973-04-12/木陸羽東線にて、迂6401レ 下り急行「おが2号」牽引(川渡→新庄)。前補機。座敷童子
1973-04-13/金陸羽東線にて、迂402レ急行「津軽1号」,迂403レ急行「津軽2号」牽引。(4月19日まで)座敷童子
1973-04-20/金陸羽東線にて、迂403レ、迂404レ急行「津軽2号」牽引。(4月24日まで)座敷童子
1973-04-24/火陸羽東線にて、迂404レ 上り急行「津軽2号」牽引。次位補機。

上記は機関車データベース「デゴイチよくはしる!」からコピーさせていただきました。

そして昭和48年10月に会津若松に転属入換専用となり昭和49年6月に廃車となりました・・・・

さて火曜日、って言うか7月の投稿も今日を入れて後、4回なんですね?・・・
なんだかなぁ~、早い早い今年の月日の過ぎ去り方は異常に思えます・・・・・

やはりコロナ禍のせいかな?・・・・
コロナの馬鹿野郎!てt叫びたい気持ちでいっぱいですw

そんな中、今朝のC58は233号機です。

C58233竜華区s-

お決まりの竜華機関区での姿。
もう和歌山線から引退が決まって、後ろにはDE10の姿も見られます。

C58 233 号機は昭和15年の新製配備から竜華で途中一時奈良にも移籍していますが終生竜華と言っても過言ではありません。
昭和47年3月に休車となり竜華区最後の蒸気機関車の1両として同年5月に廃車となりました。

今週もスタート・・・
しかし、保険料が入金となる頃から給料日までの数日間の連休って・・・
止めて欲しいもんですw
もうバタバタしてますww

さてそんな中、先週までお届けしました蒸気機関車シリーズは、無事終了と思ったら

C58が抜けておりましたw
関西線、和歌山線で見ているハズなのに、あまり画像が無いですww
特にC576のサヨナラ和歌山ライン号を撮りに北宇智に行った時には王寺からC58牽引の普通列車に乗ったのに・・・・

全くそれらしい画像がありませんw

って事で今朝は信楽線のC58 353 号機をお届けします。

C58信楽線150

と言いましても画像の様に33‰を駆け上って来た貨物列車が吹雪で見えない状況でしたw
この前のコマでは築堤のカーブのイン側に多くのカメラマンが構えている姿も写ってますが列車は・・・・
って事で諦めて貴生川駅まで戻って(と言う事は上り貨物も撮らず)再度草津線の貨物列車の後部補機を務めた同機を撮ってました。

C58353後部補機柘植

何だか不思議な行動だったですねw
明日も数少ないC58の画像をお届けしたいと思っております・・・・
C58353号機は新製配備が王寺でその後和歌山に転属となり昭和43年には亀山の所属。
昭和49年3月に廃車となったみたいです。
現在は那智勝浦町築地公園(紀伊勝浦駅の線路際)にて静態保存されております。

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