2010年09月

紀勢本線も新宮川を渡ると、近畿圏、和歌山の新宮市になります。
ここ新宮から三輪崎までの太平洋岸に沿って少し紀勢本線は走っているのですが、DF50当時はほとんど行ってません。
一部、寝台特急紀伊や臨時で入るお座敷列車を撮る時のみ行っていた記録があります。
しかも、夜行で新宮に着いて徒歩、って選択がほとんどだったかなぁ~?(苦笑)
今じゃ、とても出来ません、歩けません、登れません(爆)
 
イメージ 1
 
DF50の4号機は先行試作機グループで屋根の形状が他のDF50に比べて少し丸みが有るのが特徴でしたネ。
浜辺を散歩するオジサンには撮影当時は気付いていないと思いますww
645とF2にレンズ群とスリックマスター持って、よくこんな場所に登ったな、って感じです(苦笑)
 
やがて特急紀伊の回送が紀伊勝浦から新宮に戻って来ました。
でも、陽が高くなり、お座敷列車の時より影が濃く出てました。
これは今の技術?で修正でき、嬉しい限りです・・・・
 
イメージ 2
 
こちらはDF5022号機の牽引でした・・・・
もう今じゃ登れない(場所的にも体力的にも)でしょうね・・・・・・(爆)

昨日はお休みをいただき、ヒガハスにEF651054号機を撮りに行ってました・・・
最初は高崎に上越、高崎線貨物かな?って思ってたんですが、急遽JUMBO先生の御導きでww
でも、高崎方面も64原色とかかなり見れて面白かった、との情報を得ました。
カラダが二つ欲しい感じでしたネ・・・・
 
さて、紀勢本線。
熊野市を過ぎると単調な感じであまり撮ってませんが、新宮川(熊野川)の橋梁には何度か行ってます。
 
イメージ 1
 
DD51が走らなくなっても、風景は素晴らしい場所だと思います・・・
DD51が走ってた頃は、あまり新宮まで追いかける事は無かったのが残念・・・・・
 
イメージ 2
 
この日の鵜殿まで折り返し担当は1028号機。
次は縦位置で・・・・
 
イメージ 3
 
どうも左端にある、宗教施設が御気に召さないのか?どの画像も避けているのが判ります(爆)
 

今朝はちょっと戻って、紀勢東線のまだアップしていなかった場所へ・・・・
 
最初の画像から場所は相賀の鉄橋とお解かりかと思います。
サヨナラDF50が走ったこの日は、この辺りは豪雨でした(汗)
 
イメージ 1
 
なんとかケツ切れは逃れましたが645画像もISO400(当時はASA)で露出ギリギリでポジは諦めた記憶があります。
この頃は鉄橋だったのにいつの間にかPC橋梁に変わってましたネ。
路線も新線に切り替わってましたが、バックのコンクリート工場(プラント)は今でも稼動してます(笑)
 
イメージ 2
 
ここは熊野古道とクロスする林道の、皆様御存知の俯瞰ポイントですが、風に煽られ草が画面に入ってました(苦笑)
青更新+赤更新、でまだ列車番号も1853レだった時代のものですね。
 
もう少し相賀駅に寄った場所ではバックに黒鯛釣りで有名な白石湖(海ですが)が見えますネ・・・・
この右奥にある引本港に、以前マリーナの遊び仲間のデカいクルーザーで行った事があります。
その時は愛知県御津町を出て往路の2/3を私の操船で勝浦を目指し、紀伊勝浦港で停泊後翌日ここまで来たのでした。
こんなに相賀の鉄橋が近いとは、当時は思いもよりませんでした・・・・
 
イメージ 3
 
以前川上の方から俯瞰気味に、海ギラギラバックのシルエット画像を見た事があったのですが、結局重連時代には行けませんでした。
 
はぁ~、またまた行きたい病が出てきたみたい(爆)

さて、今朝の更新は一昨日の続きの「なにわ」で・・・
 
夜走りで和歌山に入り、和佐、岩代、と撮った我々はその後の撮影ポイントを日置川に決めて南下しました。
ここ日置川鉄橋を見下ろす道路には既に三脚の山・・・・
少し間があるところを狙って入れて頂き、この画像を撮る事ができました。
 
イメージ 1
 
綺麗に朝日を浴びて紀伊勝浦を目指します。
次に我々が移動したのは、一昨日の1043号機工臨でも撮った見老津です。
 
イメージ 2
 
やはり崖登りは、危険かつ老齢?により断念(笑)
国道のガードレールをまたいだ余裕あるスペースからの撮影でした・・・・
そして、最後は紀伊浦神で海を入れての撮影・・・
一昨日の画像は天王寺方面行きのため山登りしての撮影を多くの(若い)方々が試みておられましたが今回は新宮方面行き。
しかし、そこでも崖が有れば登りたがる俯瞰の御大が居られるんですね・・・
聞けば相当な藪漕ぎで直登ルートを行ったようで、とても真似できない、と脱帽しました(汗)
 
海からの画像はこちらです・・・・
 
イメージ 3
 
少し足回りが隠れるのが残念ですが、我々にはこの程度で充分、と思えた次第ですww
 
サロンカーなにわも、もう、昭和58年9月の改造からでも30年近い年月が流れており、これからの運行も余談を許さない状況かと思います。
でも、素晴らしいカラーと車内設備でまだまだ運行を続けて欲しいもんです・・・・

今朝は、紀勢本線の関西エリア、岩代付近の過去の画像からお届けします。
 
まだ電化開業後間もない時期でしたが、何度かここも訪れておりました。
キハ58系の急行きのくにがメインの輸送手段だったようにも思っております。
 
イメージ 1
 
キハ58、キロ28、キハ28、キハ65、キハ58・・・全部で10連以上の編成も珍しくありませんでした。
そしてそれまでのDF50の天下だった紀州路も電化によりF級電気機関車が登場してきました。
それまでも阪和貨物線経由にて和歌山まではED60、61そしてEF52と15が顔を出してましたが和歌山以南にもF型電機は走るようになったんですネ。
 
イメージ 2
 
EF15がヨ、タキ、ワム8x4、ワム、ワラ、等を牽引し南に急ぎます。
程よい長さの貨物列車でした・・・・
 
そしてこの日のメインは前日湊町駅をDD511036号機の牽引にて出発したブルートレイン紀伊半島一周号。
新宮からはEF58の牽引で天王寺駅を目指します。
 
イメージ 3
 
何号機の牽引だったか?
もう失念してしまいました(苦笑)
デカイヘッドマークのお陰で、あとから拡大して見てみよう、って事も出来ませんネ・・・・
 

↑このページのトップヘ