2012年03月

今朝は磐越東線小川郷の少し江田寄りのカーブで・・・・
 
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平発郡山行き普通列車です。
DD51608号機の牽引でした。
 
そして続行で重連の貨物列車もやって来ました・・・
 
でも、でも・・・・
 
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重連単行・・・
DD51672号機と805号機(と思える)の重連・・・
でしたが、荷が無かったのです。
 
ここは当時の鉄道ダイヤ情報で小川郷の勾配が上下とも25‰と出てましたのでいきなり訪れました。
でも、結局引きの無い場所ばかりで苦労した覚えがあります。
そして翌年にやっとこさ、昨日までアップしていた要田のポイントにたどり着いた次第。
 もっと早くに要田のポイントに行っていたらなぁ~、と何度も思ったもんでした・・・

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さて、昨日は何故か普段の倍くらいの御訪問をいただいておりました。
拙い内容の、好き勝手な昔話と画像に、御付き合いいただきまして、御訪問いただきました皆様に、深く御礼申し上げます。

さて昨日の要田駅から少し三春側に戻ったトンネル、熊耳隧道あたりでの撮影。
今朝の画像も過去出しの修正したもの(汗)

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昨日の606号機画像の後ろに見える農道の、少し上に上がった場所からの撮影でした・・・
今回1.3MBくらいの画像(2551x1849の645ポジからのスキャニング)を40%までペイントにて圧縮し更に縮専で140KBまで落としました。



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昨日の続きです。
 
磐越東線の要田駅から徒歩で三春方面の戻り1km弱だったか、トンネルがあります。
 
 
ここで撮ったのがこのセメントタキの専用列車。
DD51606号機牽引でした。
 
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良い場所だったなぁ~~♪
また行きたいです。
 
 

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やはり磐越東線、良かったなぁ~、と今でも思います。
凸の旅客列車も1往復残っていた時代・・・
貨物列車も数本運行されていた時代・・・・
 
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この頃、606~609と672のSG搭載車が郡山機関区に配備されておりました。
また貨物用には801~807までSG非搭載型の初期車がおりました。
重連運用も何本かあり平と郡山を結んでいる貨物に充当されており、区間貨物(セメントタキ等)は単機牽引が多かったですね。
その後の3重連運用は残念ながら見ておりません。
それが悔しくってたまりません。
 
早くこの区間で昔のように撮り歩きたい・・・・・
 
 

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あれから、1年が過ぎましたネ。
 
施設で不動産会社の用地開発部長と商談していた時刻。
大きく長い揺れに、何だこれは?としか思えず、施設利用者の方々は従業員の手で車椅子に乗りいつでも脱出できるよう避難経路確保してスタンバイ。
素早い行動に、さすがだな、と彼らの資格を頼もしく思ったのも、一瞬でTVで次々に映し出される惨状に目を覆いたくなるばかりでした。
 
大好きで大阪の学生時代から何度も訪れた東北の地。
そこがこんな大きな災害に見舞われるとは、考えもしませんでした。
 
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当時、平と呼ばれていた常磐線いわき駅。
磐越東線の貨物列車を牽引するDD51の重連がスタンバイしてました。
 
その昔、ここにはC62や大型蒸気機関車がゴロゴロしていた、と聞いております。
 
そんな時代にも来たかったな、と思いつつDD51の活躍する磐越東線を見る事ができただけでも、幸せなんだな、と感じました。
 
 

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